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脳内の諸々を

吐き出します吐き出します。
サイト全然関係ありません、すみません。


そなにるED後の、地上の話。



*****




 1908年1月、街は、年明けに纏わる騒ぎに漸く一段落をつけていた。
 急ぎ足で往来を行く人々を見送りながら、エリシア・ウェントワースは仄かに膝の上を撫でる。厚みのある茶色に走る、長い年月を経た証の傷をそっと労わった。エリシアのその指先で傷が癒える筈もないが、ただそこに詰まる歴史を、過去を、少しだけでも味合わせて欲しかったのだ。
「エリィ! こんな所に居たのね」
 エリシアが腰を下ろすベンチの背後から駆けて来たのはヴィヴィだ。中庭を小走りし鮮やかな赤毛を散らしながら、笑ってエリシアの肩に手を伸ばす。明るい笑顔は、どこか浸っていたエリシアを軽く目覚めさせてくれた。
「全く、こんな所で寝ていたら風邪をひくわよ?」
「別に、寝ていた訳では……」
「じゃあ何? 空を見上げて、ぼーっとしちゃって」
 空。ヴィヴィの声が名を与えた上空を、エリシアは再度見る。
 天井を覆う一面は、12月のとある日の様な青い色を見せてはいなかったが、灰色雲は見る限りでは薄く感じられた。雲粒の隙間から漏れ注ぐ光が、地上を生きる人々の頬を掠める程度には。
 エリシアに並んで座ったヴィヴィから、くすりと声が落ちた。肌を柔らかく擽る笑い声に、エリシアは視線を空から親友へと戻す。白い手で口元を覆ったヴィヴィの笑いは、軽く快い響きで大気を揺らしている。
「ヴィヴィ?」
「うん、ごめんごめん。ちょっと、懐かしいなって」
「……懐かしい?」
「そう。だってエリィ、つい5、6年くらい前までは、そうやってぼーっとして、空を見ていたもの」
 エリシアはふ、とヴィヴィの双眸を見つめる。色の異なる視線を受けたヴィヴィは、ひっそりと笑いを静め、彼女もまたエリシアを見つめ返した。
 5、6年前――1902年。その年の瀬。大消失と銘打たれた異常災害は、エリシアだけでなく誰の胸にも苦悶と懐疑と諦念、そして憂いを植え付けた。絶望にも近いそれは気付けば人々の口を閉ざさせ、エリシアとヴィヴィの間であっても例外ではなかった。
 しかし今、この時、エリシアを想うヴィヴィの紡ぐ声に満ちるのは痛みだけではなかった。この親友はとても美しく、酷く聡く、エリシアを知ってくれている。整った口元が刻む優しい微笑みに、エリシアは1902年の空を思い起こした。部屋の窓から、教室の窓から、学校の庭園から見上げた、雲に覆われた空。
(あなたが、きっと見せてくれると言った青い空)
 眼鏡越しのあまやかな眼差しが、不意に小さな寂寞と暖かな幸福でエリシアを包む。そんな抱擁の具現である彼の人の幻の向こうで、親友はエリシアの手元を覗き込んだ。
「何を見ていたの? 本?」
 幻影はさっと霧散する。一瞬で掻き消える。けれど心痛を連れて来たりはしない。
「図鑑よ。大学の図書館から借りて来たの」
 薄い腿肉の上に置かれた書物は重い。重厚な紙の間に挟まれた付箋を辿り、エリシアはページを開く。サイズの小さい文字の羅列と、ページの半分を占める絵図が現れた。
「花? 植物図鑑? 何でまた急に」
「偶然、この花の絵画を見掛けて。ちょっと見てみたくなったの」
「へえ、綺麗な花ね」
 ヴィヴィが言う。その通りだとエリシアも思う。
 薄く紫色の、決して大きくはない花が幾つも集まりカーテンの様だった。長い蔓が上から下へと垂れ下がり、まるで頭上から紫色が降って来る。下りて来る。覆い尽くして、染める。空を、世界を、紫色に。
 エリシアの指の腹が、紫の絵図を微かになぞった。殊更丁寧に、慇懃に、愛おしく。その色の先の世界に強く焦がれながら。そんな彼女の表情は切実さに溢れ、そして力に満ちている。
 逢った事もない面影を慈しむエリシアの隣で、ヴィヴィが再び笑い声を漏らした。今度は肩を震わせて遠慮無く笑う。
「ヴィヴィ?」
「くっ、ふふっ! だ、って! この花、フラワーランゲージ! あの頃のエリィそのものなんだもの」
 ヴィヴィの指先の示すものを認め、エリシアの頬がぼっと染まる。朱の穿かれたエリシアの貌に笑いを深めたヴィヴィに、何も言い返せず、彼女は恰も誰かの如くぷいっと顔を逸らした。安易な逃避だ。
「もう、ヴィヴィったら……! ……そのせいでこの図鑑を借りたんじゃないのよ?」
「ふふ、ふっ、そうなの?」
「そう! ……それに、フラワーランゲージなら……私はこっちの方が好きだわ」
 紫色の絵図の下に記された、英字の解説文の一部にエリシアは触れる。唇でそっと、さながら祈りながら花詞を謳った。黄金瞳と胸の奥に、愛らしい少女の姿を描きながら。


 *


 リリィ・ザ・ストレンジャーが居た。彼女が居るからには、そこは彼女の世界なのだろう。
 きっとそうに違いない。そう、エリシアは確信し、眼前の少女を見る。ずっと見たかった姿だ、ずっと気になっていた存在だ。ずっとずっと、逢いたかった人。可愛らしい女の子。
 リリィはエリシアに気付いていないらしかった。いや、寧ろ見えていないのかもしれない。ここは地下世界、リリィの世界なのならば、そこにエリシアの存在はきっと介入不可能だ。
 世界はかつての紫影からは程遠かった。光が弾き、緑が戦ぎ、青空が高く広く佇んでいる。しかしリリィの姿は眩い霞が掛かった様に、どことなく滲んでいた。高く澄んだ声も、気配も揺れている。
 黄緑色の若草の絨毯に座りこみ、リリィは湖面を覗き込んでいた。清い水が珍しいのか、はたまた湖そのものに出逢った事が無かったのか、見開かれた青い目は興味深げだ。そんな素直なリリィの表情に、エリシアの胸は温まる。
『……なんか、いる』
 ぐ、と顔を水面に近付け、湖の底を睨むリリィ。魚でも住んでいるのか、水面はゆらゆらと揺蕩っている。肩口で揃えられた黒髪の先が湖水に触れそうになった頃、ふと湖面の揺らぎが大きくなった。波紋が次第に波へと変わっていく。
 ぴちゃ、と水が弾かれる音。
『わあ……っ!』
 小魚ではあったが、勢い良く水から跳ね出た。数瞬の間、水の世界から飛び出し、中空を踊る。身体を幾度か捻り、そして重力に負けてまた湖へ。呆気にとられながらその様を眺めていたリリィ。
『わ、わ、わわわっ!?』
 身を乗り出していた華奢な身体は驚きにバランスを崩し、ぐらりと傾ぐ。背面の草に覆われた地面ではなく、前面の水の鏡へと。
『うぎゃっ!』
『――リリィ』
 小柄な少女の身体は、当たり前にしっかりとした感触に抱き留められた。それは緑に落ちていたリリィの影から湧き出で、かと思えば瞬く暇も与えず人間の形を得る。背の高い、制服然とした衣服と帽子を纏った青年の形。エリシアは、その人物がリリィの車掌だと知っていた。
 白い手袋の手がリリィの腰を抱え、軽い身体を易く引き受ける。リリィの背中が青年の胸に預けられた。ほ、とリリィの吐息が漏れる。
『気を付けて、リリィ』
『う、うん。ありがと』
 背の高い車掌がリリィを見下ろす。赤い瞳がリリィを見つめる。その先で、頬を染めた少女が恥じらいながら微笑んだ。ゆるりと、薔薇の花が綻ぶ様に。その幸せそうな笑顔に、力を湛える青い瞳に、エリシアの胸は強く強く掴まれ、熱く震えるのだ。
(――ああ、リリィ。私の、影、私の――リリィ)
 何事か会話を交わす二人を前方に、エリシアの視界は徐々に霞を増していく。もっと見ていたいのに、もっと彼女を感じていたいのに。そう渇望するエリシアの願いとは裏腹に、遠く薄く、世界を隔てて。
(リリィ、愛らしいリリィ!)
(伝えたい事があった、ずっと言いたい事があったの)
(あなたは私の影だと言う。確かにそうなのでしょう、でもそれを、私は誇りに思う。あなたが私である事がとても誇らしい)
(けれど、あなたはあなた一人として、生きていても、欲しい。リリィの世界を、強く、幸せに)
(勇気をくれた、教えてくれた、可愛らしいリリィ。――私の大切な、愛らしいお姫様)
 エリシアは両手を硬く胸で握り締めた。この祈りがきっと、薔薇の花の如く艶やかに咲いてくれるよう。
 直向きに祈る色違いの視線を感じた筈もないが、だがそれでもリリィは振り返った。世界を越えて、空間を越えて、二人の視線が結ばれる。それは夢幻だとしても。
 リリィが、笑う。隣の車掌の手を取りながら、エリシアを見つめ挨拶を告げるかに。
(――リリィ……!)
 笑顔が遠ざかる。二人の姿が霞み消えていく。
 エリシアの意識は前方に、リリィの姿が確かに在った方へと片手を伸ばしながら、落ちていった。

 落ちていく、落ちていく。
 上から下に――。
(いいえ、上へ。私の、世界へ)


 目覚めは自然と訪れた。柔らかな掛布に包まれながら、エリシアはそっと身を起こす。慎重に、ゆっくりと。この空気を壊してしまいたくなかった。リリィとの邂逅を、薄れさせたくなかったのだ。
「……やっと、逢えた……」
 黄金色の瞳に涙が滲む。決して苦しみの涙ではなく、哀しみの涙ではなく。
 ベッドに腰掛けたまま、エリシアは薄暗い室内を見渡した。それ程広くもない部屋は、大事な思い出達に溢れている。壁際のチェストにはハンカチと音楽盤と日記帳が仕舞われ、窓辺には写真とオルゴール、並べられた小箱には二色の陶器の破片が。そして、エリシアがいつも腰を据える机の引き出しには――。
「私の、手帳……。私と、エリィの、旅の記録」
 部屋は過去の記録、思い出でいっぱに満たされている。エリシアが拾い集め、その度に取り戻した過去たち、感情、自分自身。それらに護られ、育まれ、支えられながら、エリシアはエリシアの世界を前を向いて歩いている。生きている。
 立ち上がり、エリシアは机に手を掛けた。引き出しを開け、黒革のそれを手に取る。泥水で一度は汚れてしまったが、これまできちんと保管されてきた。エリシアとリリィの旅を紡ぐ、二人を繋ぐ証の手帳。
「……リリィ」
 幸せそうに笑う顔が、元気そうに動く様子が、車掌と共に居る姿を見られて、本当に良かった。旧ニューヨーク・シティでの旅を終えてから、この一月足らず、幾度彼女を思ったことか。酷く、焦がれていた。
「……良かった」
(リリィ、本当に)
 机の上で開かれたままになっていた植物図鑑の隣で、エリシアは手帳を捲る。上から下へと注ぐ花は、以前の世界の空の色。紫影の世界。
 手帳にはエリシア自身の旅の記録が綴られ、リリィの旅の記録が綴られている。見覚えのある最後のページで指を止め、違和感に微かに眉を寄せた。白紙であるページの裏側から、何かが透けている。はらり、とあと一枚、エリシアの指がページを繰った。
 部屋の窓は施錠されているのに、しなやかに風が吹き抜ける。エリシアは細く息を飲んだ。

 ――The sky is blue! What a pleasant air will!

「……リリィ……」
 記憶を持たずに歩み続けたリリィが、はたして文字の読み書きが出来るのかは知れない。あの車掌に教えて貰ったかもしれない、また他の誰かが代筆したのかもしれない。そもそも、異なる世界の人間がどうやって記せると言うのか。
 しかしこれは、リリィの言葉だ。それは確信だった。疑いようも無い。何故ならこの手帳は、リリィとエリシアの旅路の記録。
「――っ、リリィ?」
(そう、そちらの空は青いのね)
(ええ、青かったわ。綺麗な世界だった)
(リリィ……、ああ、リリィ)
 紫色の花に並び、リリィの言葉が在る。新たな旅を始めた、リリィの声が。
 リリィ・ザ・ストレンジャーはエリシア・ウェントワースの影なのだと言う。ならばそれは事実なのだろう。そして同時に、エリシアはエリシアであり、リリィはリリィであるのだ。各々に各々の世界を、その足で生きている。
(あなたは私の影。そしてあなたは、あなた)
(愛おしい、勇気ある少女)
 エリシアは紫色の花の図絵を、リリィの声を撫でる。静かに閉じた目蓋から一筋の涙が零れ、白い肌に道を作った。
「……有り難う。有り難う、リリィ」
 夢幻の奇跡に歓喜した。邂逅と声を、少女に感謝した。
 そんな少女、リリィ・ザ・ストレンジャーを、彼女だからこそ、エリシアは歓迎している。




****
「my dear,sweet princess」/そなにるED後、地上のエリシアネタ。
完成。なが、長くないかこれ……。
タイトルは「私の大切で愛らしいお姫様」みたいな。英訳はフリーソフト様お世話になりましたぁぁっ!!!
作中の英文は「空が青い! 凄い気持ち良い!」みたいになってたら、いい、な、とか。
あと一本くらい、吐き出したいなあと思ってたり。車掌視点とか。
あー車掌、いいよ車掌さん。ああリリたん。エリシアたんも可愛いなあ。
Aリリがとても堪りません。ああ堪りません。
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