スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

脳内の諸々を

吐き出す作業吐き出す作業。
滾る脳味噌を落ち着かせる作業(笑)。

そなにるED後の話。地上の。

 1908年1月、街は、年明けに纏わる騒ぎに漸く一段落をつけていた。
 急ぎ足で往来を行く人々を見送りながら、エリシア・ウェントワースは仄かに膝の上を撫でる。厚みのある茶色に走る、長い年月を経た証の傷をそっと労わった。エリシアのその指先で傷が癒える筈もないが、ただそこに詰まる歴史を、過去を、少しだけでも味合わせて欲しかったのだ。
「エリィ! こんな所に居たのね」
 エリシアが腰を下ろすベンチの背後から駆けて来たのはヴィヴィだ。中庭を小走りし鮮やかな赤毛を散らしながら、笑ってエリシアの肩に手を伸ばす。明るい笑顔は、どこか浸っていたエリシアを軽く目覚めさせてくれた。
「全く、こんな所で寝ていたら風邪をひくわよ?」
「別に、寝ていた訳では……」
「じゃあ何? 空を見上げて、ぼーっとしちゃって」
 空。ヴィヴィの声が名を与えた上空を、エリシアは再度見る。
 天井を覆う一面は、12月のとある日の様な青い色を見せてはいなかったが、灰色雲は見る限りでは薄く感じられた。雲粒の隙間から漏れ注ぐ光が、地上を生きる人々の頬を掠める程度には。
 エリシアに並んで座ったヴィヴィから、くすりと声が落ちた。肌を柔らかく擽る笑い声に、エリシアは視線を空から親友へと戻す。白い手で口元を覆ったヴィヴィの笑いは、軽く快い響きで大気を揺らしている。
「ヴィヴィ?」
「うん、ごめんごめん。ちょっと、懐かしいなって」
「……懐かしい?」
「そう。だってエリィ、つい5、6年くらい前までは、そうやってぼーっとして、空を見ていたもの」
 エリシアはふ、とヴィヴィの双眸を見つめる。色の異なる視線を受けたヴィヴィは、ひっそりと笑いを静め、彼女もまたエリシアを見つめ返した。
 5、6年前――1902年。その年の瀬。大消失と銘打たれた異常災害は、エリシアだけでなく誰の胸にも苦悶と懐疑と諦念、そして憂いを植え付けた。絶望にも近いそれは気付けば人々の口を閉ざさせ、エリシアとヴィヴィの間であっても例外ではなかった。
 しかし今、この時、エリシアを想うヴィヴィの紡ぐ声に満ちるのは痛みだけではなかった。この親友はとても美しく、酷く聡く、エリシアを知ってくれている。整った口元が刻む優しい微笑みに、エリシアは1902年の空を思い起こした。部屋の窓から、教室の窓から、学校の庭園から見上げた、雲に覆われた空。
(あなたが、きっと見せてくれると言った青い空)
 眼鏡越しのあまやかな眼差しが、不意に小さな寂寞と暖かな幸福でエリシアを包む。そんな抱擁の具現である彼の人の幻の向こうで、親友はエリシアの手元を覗き込んだ。
「何を見ていたの? 本?」
 幻影はさっと霧散する。一瞬で掻き消える。けれど心痛を連れて来たりはしない。
「図鑑よ。大学の図書館から借りて来たの」
 薄い腿肉の上に置かれた書物は重い。重厚な紙の間に挟まれた付箋を辿り、エリシアはページを開く。サイズの小さい文字の羅列と、ページの半分を占める絵図が現れた。
「花? 植物図鑑? 何でまた急に」
「偶然、この花の絵画を見掛けて。ちょっと見てみたくなったの」
「へえ、綺麗な花ね」
 ヴィヴィが言う。その通りだとエリシアも思う。
 薄く紫色の、決して大きくはない花が幾つも集まりカーテンの様だった。長い蔓が上から下へと垂れ下がり、まるで頭上から紫色が降って来る。下りて来る。覆い尽くして、染める。空を、世界を、紫色に。
 エリシアの指の腹が、紫の絵図を微かになぞった。殊更丁寧に、慇懃に、愛おしく。その色の先の世界に強く焦がれながら。そんな彼女の表情は切実さに溢れ、そして力に満ちている。
 逢った事もない面影を慈しむエリシアの隣で、ヴィヴィが再び笑い声を漏らした。今度は肩を震わせて遠慮無く笑う。
「ヴィヴィ?」
「くっ、ふふっ! だ、って! この花、フラワーランゲージ! あの頃のエリィそのものなんだもの」
 ヴィヴィの指先の示すものを認め、エリシアの頬がぼっと染まる。朱の穿かれたエリシアの貌に笑いを深めたヴィヴィに、何も言い返せず、彼女は恰も誰かの如くぷいっと顔を逸らした。安易な逃避だ。
「もう、ヴィヴィったら……! ……そのせいでこの図鑑を借りたんじゃないのよ?」
「ふふ、ふっ、そうなの?」
「そう! ……それに、フラワーランゲージなら……私はこっちの方が好きだわ」
 紫色の絵図の下に記された、英字の解説文の一部にエリシアは触れる。唇でそっと、さながら祈りながら花詞を謳った。黄金瞳と胸の奥に、愛らしい少女の姿を描きながら。




*****
「my dear,sweet princess」/そなにるED後、地上のエリシアネタ。前編?
まだ終わらない…何か長くなりそうだったから、一旦ここまで。
終わったら纏めよう。


スポンサーサイト

Comment

Comment Form

管理者にだけ表示を許可する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。